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vol.04 “青い水の惑星”だけが地球の姿ではない!?~白く輝く凍てついた地球“スノーボールアース”とは?~ 東京大学 大学院新領域創成科学研究科複雑理工学専攻教授 田近 英一 先生

田近 英一(たぢか えいいち)先生プロフィール:
1963年生まれ。東京大学理学部地球物理学科卒業後、東京大学大学院理学系研究科地球物理学専攻博士課程修了。理学博士。東京大学大学院理学系研究科地球惑星科学専攻准教授を経て現職となる。

地球史の概念を覆したスノーボールアース仮説

“地球”といえば子供から大人まで、誰もが“青い地球”“水の惑星”といったイメージを思い浮かべると思います。地球の成り立ちに想いを馳せても、真っ赤な火の玉だった地球が冷えて固まり、海ができ、やがて生命が誕生し、温暖で安定した気候が続くようになった──と考えるのではないでしょうか。

これまで我々科学者を含め、多くの人は氷河期などによる多少の気候変動はあっても、基本的にこの地球は生命を育める環境をずっと維持してきた、と漠然と考えてきました。つまり生命が誕生して以来、地球は現在と同様に“青い地球”“水の惑星”であるに違いないと思われてきたのです。

しかしここ10年ほどの研究で、遠い過去に地球が真っ白に凍りついた“氷の惑星”だったことがある──という驚くべき事実が判明してきました。そんな凍てついた地球を真っ白な雪玉にたとえて「スノーボールアース(全球凍結)」と呼んでいます。

現在のように地球の表面が水に覆われた状態というのは、物理的に非常に安定した状態だといえます。と、同様に地球上の水がすべて凍ってしまった状態も、やはり物理的にとても安定した状態であるという論説は以前からあったのです。しかし地質学的な証拠がなかったため、真っ白に凍った地球は一度も実現されなかったと考えられてきました。

しかし‘80年代後半、6億年前の大氷河時代には赤道直下の大地も氷に覆われていたことを示す地質学的な証拠が見つかりました。当時の科学者たちにとってそれは信じがたいものだったので、当初はデータそのものが間違っているのではないかと考えられました。そこで、カーシュビング博士という科学者がそのデータが間違ったものであることを証明しようとします。しかしその結果、‘90年代になって彼は逆にそのデータが正しいことを証明してしまうのです。

地球でもっとも暑いはずの赤道が氷に覆われていたということは、地球全体が氷に覆われていたということにほかなりません。そこで誕生したのがスノーボールアース仮説です。

当時の理論によれば氷に覆われた白い地球は太陽エネルギーを反射してしまうので、一度全球凍結し安定した状態になってしまうと、再び“青い地球”には戻れないと考えられていました。

しかし、カーシュビング博士は、全球凍結しても、火山活動から生じた二酸化炭素による温室効果で氷が溶ける可能性に気づきます。

全球凍結した地球のイメージ
Copyright (C) 田近 英一

“青い地球”上では植物の光合成に使われるため、二酸化炭素が蓄積することはなく、その量はあるレベルで安定しています。しかし全球凍結状態の地球では光合成は行なわれませんし、水に溶けて石灰岩になることもないので、二酸化炭素は蓄積する一方となり温室効果が高まります。つまり太陽エネルギーに頼らなくとも地表の氷は溶けることが可能なのです。

ところが、地球上の水がすべて凍ってしまえば生物は生きていけないはずであり、地球に生命が誕生してからの長い年月、一度も途絶えることなく連綿と命のリレーが続いている以上、“液体の水”は地球上に存在し続けていたはずです。だからスノーボールアース・イベントのような破局的なイベントはありえない、という反論があり,論争になりました。

やがて研究も進み、現在ではスノーボールアースは仮説の域を出て、多くの科学者たちに支持され、現実に起こった事として認識されるようになりました。その時代の地層にしか見られない様々な特徴も、全球凍結したと考えれば説明がついたのです。今では少なくとも22億年前と7億年前、6億年前に全球凍結が起こったのはほぼ確実であり、その3回以外にも起こった可能性があると考えられています。

凍てつく海、マイナス40度の極寒の世界をいかに生命は生き延びたのか

では、全球凍結状態になった地球の環境はどのようなものだったのでしょうか。

地球を覆う氷が太陽エネルギーを反射してしまうので、凍結した地球の気温は赤道直下でもマイナス40度という超低温になると考えられています。海水は凍りつき、その氷の厚さは1000メートルという想像を絶する厚さになります。ただ、全球凍結状態にあっても地熱の影響があるので、海が底まで凍ることはありません。

とはいえ、それだけ厚い氷に覆われてしまうと、陽の光は厚い氷の下の海水まで届くことはなく、深海は真っ暗な闇の世界です。

このような過酷な環境で、一体どのようにして生物が生き延びてきたのでしょうか。

もちろん生物といっても我々が思い浮かべるようなマクロな生命は太古の地球には存在していません。22億年前の地球にいたのはもっとミクロな生命、たとえばバクテリアのような小さな生物です。

ある種のバクテリアは真空状態のなかでさえ生き延びることができますし、地中深くのたいへんな圧力の中で生きるバクテリアもいます。

ですから、22億年前のスノーボールアース・イベントをバクテリアが生き延びたというのは十分考えられます。

しかし、6億年前にはすでに藻類のような真核生物が存在していました。そのような複雑な構造を持つ生物がはたして全球凍結状態の地球で生き延びることができるのか、となると疑問が残ります。

藻類は光合成をする生物ですから、光の届く海の表面でしか生きられません。藻類以外の真核生物に関しても、酸素がなくては生きていけませんから、無酸素状態になっている氷の下の海水の中では生き延びるのが難しいはずです。

では真核生物がどうやってスノーボールアース・イベントを生き延びたのか? この謎の答えはいまだ出ていません。

そのためにスノーボールアース仮説を否定する科学者もいますし、赤道付近の海は凍らなかった、あるいは氷の厚さが薄かったのではないかという仮説を唱える科学者もいます。火山の周辺など、凍らない一部の海や陸地が砂漠の中のオアシスのように点在し、そこで生命が生き延びたという可能性もあります。

いずれにしろ、生命は我々人間が思っている以上にたくましいのかもしれません。

全球凍結と生物進化の謎
Copyright (C) 田近 英一
※画像をクリックすると拡大します。

スノーボールアース・イベントが生命を進化させた!?

多くの科学者がスノーボールアース・イベントに注目するのは、このイベントが地球環境や生命に与えた影響がとても大きいものだと考えられているからです。

例えば22億年前と6億年前に急激に酸素濃度が急上昇したのはスノーボールアース・イベントの影響ではないかと言われています。22億年前の地球はほとんど無酸素に近い状態でしたが、スノーボールアース・イベント直後には現在の酸素濃度の1/100レベル以上にまで上昇したと考えられています。さらに6億年前のスノーボールアース・イベント直後には1/100レベルから現在とほぼ同じレベルにまで酸素濃度が上がったとされています。

こうした急激な環境の変化が地球の環境や生命の進化に及ぼした影響は計りしれないものだったはずです。

22億年前のスノーボールアース・イベントの直後には真核生物が出現し、6億年前のイベント直後には多細胞生物が出現したのではないかと考えられています。スノーボールアース・イベントは,酸素濃度を増大させることで、こうした生物の劇的な進化を引き起こした可能性も十分考えられるのです。

もしスノーボールアース・イベントが起こらなければ、生命は未だにバクテリアのままだったのかもしれません。

私がスノーボールアース仮説に出会ったのは今から10年ちょっと前のことでしたが、その衝撃は今でも忘れられません。

当時、私は地球の環境がどのように安定しているかというメカニズムを解明する研究をしていました。地球に生命が存在するのは、液体の水が存在できる環境があるからであり、それはずっと安定してきたものと信じていたのです。

しかしスノーボールアース仮説はそういった概念を覆してしまいました。

私はこれまでの自分の研究を全否定されたように感じ、大きなショックを受けました。しかし、同時に好奇心をくすぐられ、わくわくする気持ちも抑え切れなかったのです。

きちんとした証拠に基づいた学説でしたから、どれほど信じがたい仮説であっても私にはそれを否定することはできませんでしたし、これが本当ならば恐竜絶滅を引き起こしたとされる天体衝突説以上に衝撃的だと感じました。

私は子どもの頃から星、特に生命を育む可能性がある惑星に興味を持っていました。他に地球のように生命を育める惑星はないのか、あるいはなぜ火星や金星は地球と違うのかといった疑問が根底にあったからこそ、地球惑星科学の分野に進んだのです。

だからこそ、ショックを受けつつも「この研究を自分がやらなくてどうする?」という想いが湧き上がってきたのでしょう。

地球は広い宇宙の中でもとても貴重な“液体の水”が存在する惑星です。だからこそ世界中の研究者が“第二の地球”となりえる“海を持つ惑星=オーシャンプラネット”を観測によって発見しようと努力しています。

しかし、スノーボールアース・イベントの解明が進めば、オーシャンプラネットだけではなく、“氷に覆われた惑星=スノーボールプラネット”も“第二の地球”となりえるかもしれません。かつて氷に覆われていた地球でも、今では生命にあふれる豊かな青い海を持つ惑星へと変貌しているのですから。

皆さんからしてみると10年前、100年前ならともかく、1万年前、10億年前になると、どちらも同じ“大昔”になってしまい、その時間的スケールを把握するのは難しいことかもしれません。でも地球科学において時間や空間を階層的に見ることはとても重要です。例えば人類が地球上に現われたのは、我々にとってははるか昔のことですが、地球史からみればごく最近のことにすぎないのです。

時間軸や空間軸を身近なスケールだけではなく、様々なスケールで見ることができれば、いろいろなことが見えてくるはずです。スノーボールアースを研究するうえでも、こうした視点が不可欠なのはいうまでもありません。

スノーボールアース・イベントの研究はまだ始まったばかりで、解明されていないこともたくさんあります。今後の研究でどんなことが判明していくのか、いまだ私の好奇心は尽きません。

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