川のある町
近代ナリコ
京都の水には慣れましたか? ふいにそうきかれ、文字通り、蛇口から出てくる水のことだと勘違いしたことがある。京都に住みはじめてまもない頃のことだった。この問いから、「水に慣れる」という言葉の意味がじわじわと迫ってきた。
所変われば、とはほんとうだと、暮らしのあらゆる場面で実感していたところだったのだ。通りを歩きながら見はるかす山並み、地面の土の色、空気の湿り気、すべてが違う。水もそうだった。洗いものをするとき、顔を洗うとき、これまでとは違う手触りを感じた。
私が育った神奈川は、利根川水系ではなく丹沢水系に属し、関東でも他県より水に恵まれていると、水に詳しい友人が教えてくれたことがある。子どもの頃から親しんだ水を、そうと意識したことはなかったけれど、京都の水とのちがいは感じた。とくに、神奈川に帰省して髪を洗ったとき。寝起きはいつもぼさぼさのくせ毛が、実家の朝はおさまりがいいのだ。
しばらくしてから、京都でも、銭湯でなら髪はきしまないと気がついた。京都の銭湯には地下水を使っているところがおおい。混じりけのない柔らかな水をたたえた水瓶が、京都盆地の底にはあって、その上の岩盤にのっかるようにして京都の町はあるのだという。
伏見の酒も、市内のいたる所にある豆腐屋さんの豆腐も、地下水が使われているからおいしい。昔はどこからでも豊富に井戸水が汲めたというが、地下鉄が通ってからは涸れてしまったところがおおく、商売に水が不可欠な銭湯や豆腐屋さんは、それまでより深く井戸を掘り下げた。
銭湯のほかに、この地下水の恵みを味わうことができたのは、下鴨(しもがも)神社の御手洗(みたらし)祭だ。下鴨のあたりはかつて、京都のなかでもとくに湧き水の豊かな土地だったという。それも今では、ポンプで汲み上げなくてはならないらしいのだが、夏の土用の丑の日から数日間、下鴨神社の末社(まっしゃ)・御手洗社のまえに広がる御手洗の池には地下水がはられる。そこに足をひたす「足つけ神事」が御手洗祭のメインイベントである。
京都にいた十数年のあいだ、祇園祭の山鉾巡行(やまほこじゅんこう)をいちども生で観ることがなく、大文字の送り火も、気がつくともう火が消えたあとだった、なんてことがたびたび。京都らしいものごと全般にあまり関心を示さなかった私だが、この御手洗祭だけはちがった。
いつもの散歩で下鴨神社に立ちよるときはよく、二番目の鳥居のそばにある東側の入り口から入ったものだが、御手洗祭のときは遠回りして、正式に最初の鳥居をくぐり、屋台の連なる参道を行く。ここが発祥の地であるみたらし団子の出店から漂う甘い匂いに吸い寄せられそうになるけれど、まずは本殿にお参りし、足つけ神事の列にならぶ。履き物を入れるビニール袋を受け取り、簀(す)の子の上で裸足になって、初穂料をおさめて小さなろうそくを授かると、いよいよ水のなかへ。
浴衣の裾を端折り、ズボンの裾をまくり、スカートをたくし上げた老若男女たちは、じゃぶじゃぶと、あるいはそろそろと、御手洗の池へ足を踏み入れる。いちばん深い、水路にかかった小さな橋をくぐるあたりは、大人でも膝の上まで水につかるほどだ。両側の石垣にともったお灯明から、手にしたろうそくへ炎をいただくと、御手洗社へそれをお供えする。
ここには、川にまつわる水神様・瀬織津比売命(せおりつひめのみこと)が祀られている。池からあがると、下鴨神社の神紋・双葉葵の入ったお茶碗で御神水をいただいてお参りは完了。からだの外から、内から、冷たい水で日ごろの罪やけがれを祓うというこの足つけ神事は、盆地の暑い夏にくらす人たちに、暑気払いの効能ももたらしてくれる。
夏、鴨川に張りだす川床も、京都の納涼の知恵だけれど、地元民だった私は、散歩の途中、サンダルばきのまま川の水につかるのだった。町中を流れるにしては水のきれいな鴨川だから、そういうことができる。
京都で好きだったところはといえば、下鴨神社と、その参道に並行してある糺(ただす)の森、そして、そのふたつをはさんで加茂川と高野川が鴨川に合流する一帯だ。下鴨という地名は、鴨川の下流という意味なのだと今さら知って、なるほどと思う。そう、京都の水は地下水だけではなかった。
花見はもちろん、陽気がよくなると、さそいあって川原でお弁当、あるいは昼夜問わずに飲み会など、よくしたものだ。休日ともなれば大勢の人たちで賑わうのはもちろんだが、平日でも、鴨川の川べりにはけっこう人がいる。
ジョギングやウォーキングする人、楽器を練習しにくる人、犬の散歩をする人、ベンチでひと休みする人、本を読んでいる人。ただなんとなくいるだけでもいい。誰かと一緒でなくても、なんのあてもなくても、ぼんやりとしていられる水のある場所が身近あるのはとてもしあわせなことだった。
京都のある友人にきいた話。彼女はずっと川の東側に住み、川の西側にある職場に通っていた。あるとき、職場のそばに部屋をみつけて越そうとしたが、思い直して東側におちついた。それでよかった、仕事でどんなに疲れていても、川をこえると気分が変わると彼女はいっていた。しらずしらず、人はみなその水のちからをもとめて川に足を向けるのだと思う。
東京へ越してきたのは去年の夏だった。一年がたってまた夏がきて、京都は、なによりも川のある町として思い出される。





