意外と広い東京の山々
5―1
旅先では、できる限りうまいものを食べたいと思う。
アジアやヨーロッパの安食堂で
メニューと格闘をしていると、
「メニューわかる?」「これ、おいしいよ」と
教えてくれるおせっかいな人がいる。
ありがたいことに、
僕はおせっかいな忠告を聞いて
間違いがあったためしがない。
おいしい食事を教えてもらった後、
「どこから来たの?」と大抵こう聞かれる。
「東京から」と答えると、
「そうか、トーキョーか。
車や高層ビルがすごいんだろう。
俺も一度行ったみたいな、行ったら案内してくれよな」。
そんな話がひとしきり続く。
トーキョーという都市の名前は、
世界の多くの人が知っているし、
大都会のイメージが浸透している。
それは、僕らが持つニューヨーク、
ロンドンや上海に対するイメージと同じだろう。
通勤ラッシュや交通渋滞、
高層ビル、華やかなネオン、たくさんの人……。
日本人だって東京という都市名を聞けば、
同じような都市像を思い浮かべるに違いない。
5―2
だけど東京に住んでいると、
東京は必ずしも「大都会」の側面だけでないことに
気がつく。
僕は杉並区の善福寺という町に住んでいる。
最寄り駅はJR吉祥寺駅か西荻窪駅で新宿へは15分。
距離にして10キロほどだ。
自宅マンションのすぐ側には善福寺公園がある。
冬になると池に渡り鳥が飛来し、春には桜が満開となる。
吉祥寺には桜の名所として有名な井の頭公園があるが、
かの地では場所取り合戦が繰り広げられるほど
花見客は多い。
善福寺公園はそう混むこともない。
屋台が2つ3つ出るくらい。のどかなものだ。
桜の季節が終わるとケヤキ、イチョウ、シラカシ、
メタセコイア、ヤナギなどの緑が溢れはじめる。
この季節は僕の一番好きな季節だ。
エンジュやサンゴジュなどの蜜源植物も多く、
ハチが忙しそうに動き始める。
蚊が多いのは少しやっかいだが、
明かりに誘われるのだろう、
夏の夜には玄関先に
クワガタムシが飛んでくることも珍しくない。
たぶん、家の周りの風景写真を見て
「トーキョー」をイメージするのは
難しいのではないだろうか。
5―3
マンションの大家さんは70代後半の野菜農家で、
毎朝畑仕事に精を出している。
少し腰は曲がりはじめてはいるが、
これまで目いっぱい働いてきた歴史が
体に刻み込まれている。
かくしゃくたる姿は見ていて頼もしい。
跡を継ぐ人がおらず、
今は畑の規模を小さくしてしまったが、
家族や親せきが食べるくらいの作物は作っているそうだ。
東日本大震災後に
マンションの住民と大家さんとたき火を囲んで飲んだ。
「うちは野菜も米も味噌もあるし、
井戸もあるから水は大丈夫だ。
薪だって木を切ればいい。しばらくは生きていけるよ。
あんたたち、怖がることねえよ」と大家さんは笑った。
震災後、誰もが不安になっていたけれど、
大家さんの言葉はなによりも力強かった。
もちろん、東京郊外がすべてこんな場所ではない。
イメージ通り窮屈な街もあるだろう。
だけど、
東京ってどこもかしこも大都会ではないのも事実だ。
5―4
東京の森林面積は7万8666ヘクタール。
東京の約36%が森林だという。
少し想像しにくいかもしれないけれど、
1万ヘクタールで東京ドーム約2000個なので、
15000個分くらいに相当するだろうか。
それが全部山林なのだ。
都心から西に行けば行くほど緑が増えていくように思う。
中央線に乗り、新宿から高尾に向かうと、
その変化を体感できるだろう。
当然、新宿は高層ビル群、
一駅隣の中野辺りでは住宅が密集している。
僕の住む西荻窪や吉祥寺を超える頃から、
しだいに緑が多くなりはじめる。
立川や八王子など大きな駅付近では、
住宅やビルの比率が増えるけれど、
多摩川を越えるとまたのどかな風景に変わる。
終点の高尾にいたっては、
巨大な天狗の石彫が設置されているほどだ。
一昔前までは、
天狗が出ると思われるほど山深い場所だったのだろう。
さらに八王子や高尾の北側には
多摩川水系の上流域に位置する奥多摩と呼ばれる
地域がある。
毎年、秋頃になると
キノコ採りになどをしていた人がこの付近で
クマに襲われるニュースを目にする。
僕の知人も、奥多摩の山中で
クマに襲われてしまい大けがをしてしまった。
東京もなかなか広く、険しい。
5―5
広い東京の森に入り、
森づくりを行っている若い集団がいる。
彼らに出会ったのは東京の森から遠く離れた大阪だった。
東日本大震災から一月経った頃、
サントリー研究センター(大阪府三島郡島本町)において、
水に関わる研究を報告する
『水を育む森づくり
サントリー「天然水の森」を科学する』という
フォーラムが行われた。
日常生活を送る上で、僕たちは大量の水を使う。
見えていないところで、
さまざまな負担を森や水にかけてしまっている。
水源や生態系への負担をできるだけ減らし、
負担をかけてしまっているのなら、
人間は自然に対してどのように向き合えばいいだろう。
日本中の研究機関や大学の水や森、
生態系に関する進歩的な研究が
2日間にわたって発表された。
その中には『水の地元』の第1回に
取材させていただいた
田邊由喜男さんもおり、
田邊さんの造る林道の報告も行われた。
2日間のプログラムが終了し、
フォーラムに参加していたひとりの男性と少し話をした。
その人こそが
東京チェンソーズの代表・青木亮輔さんだった。
東京の奥多摩で林業の会社をはじめた
若い人たちがいるという噂は聞いていたので、
大阪で会えるとは思ってもみなかった。
会場のあった島本駅から新大阪駅に向かう
25分ほどの間、山や水の話をし、
「東京チェンソーズ」の話を聞いた。
東京で林業を生業としている彼らの話を
もっと聞きたいと思った。
しばらくして、
『今日も森にいます。東京チェンソーズ』という
本が届いた。
副題には
「〜若者だけの林業会社、奮闘ドキュメント〜」
とあるこの一冊は、
青木さんが書いた林業の実録本だった。
彼が林業に目覚めたこと、仲間と働いていること、
集落に入る苦労などが生き生きとした筆致で描かれていた。
僕はその本を読み、
ますます青木さんたちの会社「東京チェンソーズ」に
興味を持った。
(連載10回に続く)
リンク
「東京チェンソーズ」が森づくりに携わる
「サントリー天然水の森 奥多摩」
http://www.suntory.co.jp/eco/forest/activity/okutama/
上海の食堂で悩んでいたら、
隣の席のおじさんが教えてくれた麺。
麺の名前は忘れてしまった。
桜の季節でも平日は静かな
杉並区にある善福寺公園。
僕の散歩道。
池を中心に
大きな木が植えられている
善福寺公園。
風景を楽しみながら走る
ランナーも多い。
奥多摩から富士山を望む。
幾重にも連なる山々の木や土が
水をかん養している。
青木さんから届いた
東京チェンソーズの書籍。
青木さんたちの山に対する
想いが詰まっている。
『今日も森にいます。
東京チェンソーズ』
(徳間書店2011年刊)
青木亮輔著