奥多摩の森でいっぷく
5―1
(連載10から続く)
僕たち一行が
東京チェンソーズの作業現場に到着したのは
正午近くだった。
疲れた表情をしていたのだろう。
「こんなに遠い現場はあまりないんですよ。
大変だったでしょう」と
チェンソーズの青木亮輔さんが気遣ってくれる。
ここは「天然水の森 奥多摩」。
サントリー武蔵野ビール工場と
サントリー食品工業(株)多摩川工場の
水源涵養エリアにあたる場所だ。
今後、この森をどうしていけばいいか。
植栽や針葉樹林の間伐・枝打ちなど、
それぞれの土地にあった森林整備活動を考えるためには、
専門家に山に入ってもらい、
調査をしてもらう必要がある。
チェンソーズは、その調査に必要な道を造っている。
青木さんは時計を見て、
「そろそろ昼飯にしようか」とメンバーに告げる。
それぞれの持ち場で作業していた4人は手を止めて、
僕たちの方へとやってくる。
木田正人さん、森谷隼斗さん、
吉田尚樹さん、田丸光起さんと
ひとり一人に挨拶する。
青木さんの著書『今日も森にいます』で
メンバーの顔を見ていたので初めての気がしない。
作業現場から歩いて数分の所、
8畳くらいの平らなスペースに
ビニールシートが敷かれており、
ここで昼食を食べるようだった。
僕の実家の植木屋でも昼食時には、
現場にゴザを敷いて弁当を食べた。
学生時代にバイトをしていたことを思い出し、
とても懐かしく感じた。
5―2
「休憩も仕事の内」と、父はよく言っていた。
大工や植木屋職人は、
昼の休憩以外に「いっぷく」といって、
午前10時と午後3時に必ず10分ほどの休憩を取る。
夏場やきつい現場の場合はもう少し長く休んだ。
タバコやお茶を飲むことから
「一服」と呼ばれるようになったのだろう。
「いっぷくするか」と親方が言うと、
どんなに忙しくても仕事の手を止める。
今ではタバコを吸う人は減ったけれど、
昔は職人といえばほとんどの人がタバコを吸っていた。
甘い缶コーヒーを片手に、
煙をくゆらす職人たちの会話に耳を傾けたものだ。
いま思い返すと、
いっぷく休憩の時は段取りの確認をするくらいで、
あまり仕事の話をしていなかったように思う。
頭を仕事からいったん切り離して
リフレッシュするためだろう。
僕はそんな「いっぷく休憩」が大好きだった。
会社員もそうだけど、特に体を使う仕事の場合、
休憩は本当に大切な時間だ。
時折、頭を空っぽにして休憩を取らないと、
集中力が続かない。
職人は高いところに登ったり、
刃物を持って作業をするので、
集中を切らせると、大きな事故につながりかねない。
いっぷくはとても大切な時間だ。
それぞれがシートの上に腰を下ろし、
弁当を食べている。
青木さんは
「山で食べるラーメンがうまいんですよ」といって、
カップ麺にお湯を注ぐ。
いい匂いが周囲に漂う。
僕もコンビニエンスストアで買ったおにぎりを
食べることにした。
漬け物を噛みながら
「部外者がいると、休憩にはならないだろうな……」
と思った。
本当は昼食の合間に
青木さんにインタビューをしようと考えていたのだけど、
結局はいっぷく休憩のような
とりとめも無い話になってしまった。
『人と自然』の編集者の川畑さんは、
ほかのメンバーにあれこれ話を聞いている。
それもインタビューというよりは家族構成であったり、
住んでいる場所の話で、
やはりいっぷく休憩のような感じだった。
「今日はこれでいいな」と思った。
川畑さんもそう考えているようだった。
5―3
食事をすませた後、
小一時間ほど作業を見させてもらった。
チェンソーズが作業をしている斜面は
30〜40度くらいあるように思えた。
道が無くても両手を使えば登り下りは可能だが、
調査する先生方の中には高齢の方もいるだろう。
持続的に山に入って、作業するにはやはり道は必要だ。
道造りはシンプルな作業だ。
まずルートに沿って必要最低限の間伐を行い、
山側斜面の土を削り、幅1メートル弱の平らな面を作る。
この面が「道」になる。
斜面側には間伐した木を寝かせて置き、
土が谷側に崩れないようにする。
チェンソーズの面々は、
それぞれのエリアに分かれて道を造り、つないでいく。
作業を始めて1週間で、
何もない山中に200メートルほどの道が現れていた。
午前中歩いてきた登山道とは違い、
できたての道はふかふかだが、
使っていくうちに、しっかりとした道になる。
やはり道は人が踏みしめて造っていくのだ。
この付近一帯の木は誰かが植えたものだが、
もう何十年も人が入った跡はなく、
すでに前に作った道はなくなっている。
上り下りしやすい角度の道をつけていくため、
斜面に対してジグザグに道が造られている。
けもの道を見つけて、
そのルートに沿って道を造る場合もあるという。
山に住む動物もやっぱり、
歩きやすい道を自然と見つけるんだなと
考えるとおもしろい。
5―4
作業の様子を撮ろうと、
まだ道のできていない所を歩いていると、
足下が崩れて3メートルほど滑り落ちてしまった。
もがくと蟻地獄のようにさらに下へと落ちていく。
……あたりをうかがうと、誰も見ていなかった。
よかった。格好悪い姿を誰にも見られなかった。
気恥ずかしさをこらえて、ゆっくりと斜面に体重をかけ、
一歩一歩道に復帰する。
僕はカメラとペンしか持っていないからいいけれど、
チェンソーや刃物を持って歩くのは大変だろう。
しかし、汚れた足下を見て、
みなさんが「大丈夫ですか?」と声をかけてくれる。
足下が泥まみれになっていた。
これじゃあ、滑り落ちたのは一目瞭然だ。
作業の進捗具合に満足した天然水の森を担当する
松倉さんが、「じゃあそろそろ戻りますか」という。
時計を見ると、まだ2時。
僕はご飯食べて、斜面を滑り落ちただけだ。
だけど2時間歩いて1時間半車に乗れば、
八王子到着は6時半頃になる。
「なんか、邪魔しに来たみたいだな……」という
小さな罪悪感を胸に、引き返すことにした。
後日、青木さんに檜原村の事務所を訪ねる約束をした。
現場に行くよりは迷惑にならないだろう。
戻り道は下りが大半なので、
登山口には1時間半くらいで到着することができた。
八王子で車を返した後、街で冷たいビールを飲む。
4時間ほど山道を歩いただけなのに、
やけにビールがうまかった。
5―5
それから一ヶ月後、
僕は東京チェンソーズの事務所を訪れた。
JR中央線立川駅から武蔵五日市駅へはおよそ35分。
車内のドアを見ていると
「開」「閉」という丸いボタンがある。
どうやらボタンを押して開け閉めする
手動ドアのようだった。
冬場の寒さを考えてだろうか。
駅に止まっても扉が開かないドアを見て、
ほんの数十分の移動なのに遠くに来た気分になった。
武蔵五日市駅を降りると
青木さんが車で迎えに来てくれていた。
最初、青木さんとは気がつかなかった。
やっぱり山と町では表情が違う。
駅から30分ほど車に乗り、
チェンソーズの事務所に到着すると、
事務所の中にいた田丸光起さんが出迎えてくれた。
田丸さんは青木さんの探検部の後輩に当たる。
田丸さんもまた、山で会った時より温和な印象を受けた。
事務所は蚕農家だった古い家を利用しているそうだ。
縁側にはメンテナンスを待つ道具や衣服が置かれて
「男の職場」という感じがする。
ほかのメンバーは林業講習に出かけているという。
事務所は全体的に雑然とはしているのだけれど、
ロープやヘルメット、
チェンソーなどは整然と並べられており、
命を預ける道具を大切にする姿勢が見えた。
事務所というよりは、
これから大きなチャレンジをする
探検隊のベースキャンプのような印象がした。
(連載12に続く)
「東京チェンソーズ」が森づくりに携わる
「サントリー天然水の森 奥多摩」
http://www.suntory.co.jp/eco/forest/activity/okutama/