田園ドリームのこと
7―1
僕はこの2、3年ほど
滋賀県の若い農家たちから話を聞いている。
彼らと出会うまで、
僕の知る「農業」や「農家」のイメージは少し暗く、
やがて失われていく産業のイメージだった。
新聞や週刊誌で読む農家の姿は、
おおむね高齢者で跡取りがおらず、
毎年のように農業政策に振り回されている……。
おおむね、そんな印象だった。
若い農家の元を訪れた時、
もろくもそのイメージは崩れ去った。
都会にいる若い世代と同じように、
彼らは同時代のカルチャーの中に身を置いていた。
ブログやツイッターで情報を発信・受信し
日本中とつながり、アウトドアウェアを着こなし、
サングラスをかけ、mp3プレーヤーで音楽を聴きながら
農作業をしている姿を見ると、
これまで「知って」いた農家のイメージは
いったいどこから来ていたんだろうかと戸惑った。
7―2
彼らは大きなトラクターや田植機を自在に扱い、
広い田を管理し、近所の田の面倒を見、
天候と政治を分け隔て無く語った。
また農家であると同時に、
アスリートとしての側面も持つ。
田に立つ姿はスタジアムにいる野球選手のように、
時美しく力強い姿を見せた。
それが新聞や週刊誌で語られる
「日本の農家の一般的な姿」ではないにしても、
少なくとも目の前には、
僕の知らなかった若い農家の姿があった。
そして彼らは言葉を持っていた。
だけど、その言葉は「伝わりやすい言葉」ではない。
感覚と経験が混じり合った、
身内の間だけで共有される「言葉」だ。
僕は彼らの元に通い、食事をし、酒を飲み、
祭りに参加して、
徐々に言葉を理解することができるようになった。
僕は主に米農家に話を聞きに行っている。
米農家とひとくくりにするのは少し乱暴かもしれない。
ひとりひとりが「それぞれの米作り」をしているからだ。
農法(無農薬、減農薬、農薬・化学肥料を使用する
慣行農法)、品種、専業か兼業か、家族構成、
土地の広さ、米作りへの姿勢、
一匹狼なのかグループで生産しているのか……。
土地の気候風土によっても
田植え時期や水や肥料の加減は違うし、
答えはない。
勘と経験の蓄積が米の出来を左右する。
農家ごとの米を作っているからこそ、こだわりを持ち、
そのこだわりがプライドになる。
7―3
僕は18歳まで兵庫県の尼崎という
工業都市に住んでいた。
家の近所には田が一枚しかなく、
そのほかは工場か住宅地だった。
子どもの頃、
その田んぼでオタマジャクシやカエルを取り、
トンボを追いかけたものだった。
僕たちは品行方正な少年ではなかったけれど、
苗を抜いたり、ゴミをほうり込んだりというような
悪さをしたおぼえはない。
ただ、
「田んぼに絶対悪さをするな」と
親に言われていた。
僕の親は米作りの苦労をよく知っていた。
父の実家は農家だったし、
母の実家にも小さな畑はあったそうだ。
赤信号で止まるのと同じように、
田んぼに悪さをしないのは当たり前のことだった。
食事も「米一粒には七人の神様がいる」と
ご飯を粗末にすることを禁じられた。
一度、田に引かれている水路をたどったことがある。
だけど、すぐにコンクリートの壁が立ちはだかった。
コンクリートには穴が開いていて、水が流れ落ちていた。
穴をのぞき込むと、暗くその先は何も見えなかった。
結局、僕は田んぼの水がどこから流れてくるのかを
知ることはできなかった。
7―4
それから25年近く経って、仕事で琵琶湖を訪れた時
「ああ、この水があの田んぼに届いていたのか」と
頭の中でコンクリートの壁と琵琶湖が結びついた。
僕の住んでいた尼崎の水は
神崎川という淀川水系からのものだ。
その淀川は琵琶湖から流れている。
18年間、毎日飲んでいた水道の水も
琵琶湖からの水だった。
もちろん、なんとなくは知ってはいたけれど、
体感として僕はようやくわかったのだ。
それにしてもあまりにも琵琶湖は大きい。
対岸はかすみ、海かと見まごうばかりだった。
この琵琶湖の水は周囲を囲む山々からの恵みだ。
山に降り注いだ雨が、土に染み、あるものは川に、
またあるものは地下水となって琵琶湖に注ぐ。
この大きな水瓶を満たすにはどれほどの、
川や地下水が必要なのかと考えると、気が遠くなる。
だけど、無数の流れが集まって琵琶湖に集まり、
流域1200万の人々を潤しているのは、
揺るぎのない事実だ。
僕は見えない流れやつながりに惹かれるように、
琵琶湖を訪れ、
山と湖の間に田を持つ若い農家に話を聞くことになった。
7―5
友人の写真家と一緒に
「田園ドリーム」というプロジェクトを立ち上げ、
農家の文化や考えを記録していくことにした。
多くの人に生の声を聞いてもらおうと、
展覧会やシンポジウムを開催している。
「話をする場所」を作り、
特に若い農家たちに語ってもらう。
皆、「人前で話すのは苦手」という。
事実、多くの人が口べたで、恥ずかしがり屋が多かった。
だけど、時間をかけて話していくと、
ぽつりぽつり本音が出てくる。
本音には知恵が詰まっている。
7―6
僕はライターという仕事柄、いろんなところを訪れる。
東京を離れ、町や村で話を聞いているとつくづく、
日本を支えているものは「地域」や「地元」だと思う。
「地方」という大きな単位ではなく、
もっと小さな単位の「地元」がしっくりする。
互いに顔を知って、
時々、けんかもできる距離感のある範囲。
まるで、地元が水源のように、
文化や習慣、農作物という「水」を貯え、
都市へと「水」は流れていく。
僕は地元に注目し、
そこで語られている言葉や知恵を学びたいと思っている。
その「地元」周辺で僕が興味を持っているのが
森、里山、農業、人、水だ。
これらがつながりを持ち、
大切に維持されている場所では
どのようなことが行われているのだろう。
7―7
本連載『水の地元』では、
このつながりを追いかけてみようと思っている。
僕はその言葉や知恵を紡いで寄り合わせることで、
太い綱になるんじゃないかと考えている。
綱の先には何があるのだろう。
子どもの頃、田んぼをさかのぼって見た
コンクリートに開いた穴のように、
その先に何があるのかはまだ見えてはいない。