SPIRITS of SUNGOLIATH

スピリッツオブサンゴリアス

ロングインタビュー

2015年11月 4日

#454 日和佐 篤 『真剣の中の真剣さ』

ワールドカップでは南アフリカ戦をはじめ、サモア戦、アメリカ戦と勝った3試合。すべての"勝利の瞬間"にグラウンドに立っていた日和佐篤選手。世界の大舞台でのゲームコントローラーとしての"勝ち切る"経験は、これからのラグビー人生への大きな財産となるものと思います。日和佐選手の心境を聞きました。(取材日:2015年10月26日)

◆全員が「スクラムだ」

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—— ラグビーワールドカップイングランド大会の南アフリカ戦の後半26分から途中出場し、大変なプレッシャーの中でのプレーだったと思いますが、何を考えてプレーしていたんですか?

もちろんトライを取ることを考えてプレーしていました。最後のワンプレーで、ペナルティーショットではなくスクラムを選択したことはキャプテンの判断でしたが、グラウンドに立っていた全員が「スクラムだ」と思っていたと思います。みんなが集中していましたし、「トライを取るまでは終われない」という意識でプレーしていました。

ほとんどミスもありませんしたし、全員がゾーンに入っているような感じだったと思います。プレーしていても「これは勝つでしょ」と思っていましたよ(笑)。世界ランキング3位のチームに対して厚かましいかもしれませんが、「同点は要らない」というメンタルでした。

—— 南アフリカ戦では全てが上手くいったと思いますが、それはなぜだったと思いますか?

南アフリカとワールドカップの初戦を戦うと決まってから、エディーさん(ジョーンズ/前日本代表ヘッドコーチ)が逆算をして、あの1試合に対して1年という長い準備期間の計画を立てました。その全ての準備を終えて、自信を持ってあの試合に臨めたと思います。

—— あの試合に対しての準備でやり残したことはなかったということですか?

なかったですね。むしろ合宿を終えて、「早く試合がしたい」と思っていました。

—— これまでのキャリアの中でも、比較にならないくらい練習を積んだということですか?

練習の量も質も、過去最高だったと思います。

◆緊張と上手く付き合う方法

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—— それだけのハードトレーニングをして、精神的には大丈夫でしたか?

かなり追い込まれて、特に6月は大変でした。その期間は試合がない合宿だったので、ずっと練習していました。1日3回練習する日もあり、そういう日は、朝5時に起きてそのまま練習をして、終わってから朝ご飯を食べて、また練習してお昼を食べて、また練習をして夜ご飯を食べて、その後にミーティングをして寝るという生活だったので、グラウンドとホテルとの行き来しかありませんでした。体もキツかったんですが、精神的にもキツかったですね。

—— それをやり通したということですね

全員が大変なことをやっていたので、みんなのことを信頼していましたし、みんなも僕のことを信頼してくれていたと思います。

—— 日本代表スタッフにはメンタルコーチもいましたね

練習の時にはリーダーシップグループという7~8人のチームをまとめるグループがあって、そこに入って「チームをまとめるにはどうしたらいいか」ということを中心に話してもらいました。それから大会に入っていく時に、最初はメンタルコーチが帯同しないことになっていたんですが、選手から「ぜひ来て、心のサポートをしてくれ」とお願いをして呼んだんです。

選手が自分でナーバスになっていると感じていたら話しかけに行ったり、メンタルコーチから見てナーバスになっていると感じたら、話しかけてくれたりしていました。僕も「どう?」と話しかけられましたが、「普通」って答えたら、「普通ってどういうことだ」って笑われました。

あと、試合前のミーティングで「緊張とは何か」という内容で、「緊張はしても良くて、緊張と上手く付き合う方法を1人1人考えるように」と話してくれました。

—— それは今後にも活かせますね

決勝であったり、「この試合には勝たなければいけない」という大きな舞台で、試合に対してのアプローチが上手になると思います。

—— リーダーシップグループにメンタルコーチが入った時には、どういう話をしてもらったんですか?

「みんなをどうやって盛り上げていくか」という話もしてもらいましたし、リーダーは重圧がかかるので、それのケアをしてくれたりしてもらいました。コーチ陣からの重圧はかなり大きいものがありましたが、僕の場合はエディーさんがサントリーの監督をやっていた頃からの経験があるので、上手くプラスに変えられていたと思います。

僕も最初の頃は落ち込んだりしていましたが、途中から「落ち込んでいても仕方が無い」と気づいて、上手くプラスに持っていけるようにする方法を見つけました。

◆試合に入るまでが大事

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—— 南アフリカ戦に話を戻すと、もう一度同じ舞台で南アフリカと試合をすることになった場合、また全てが上手くいくような試合内容にするためには、どこに一番重点を置いて試合に臨みますか?

やっぱり試合に入るまでが大事だと思います。やり残したことがなく、不安が無い状態になるまでしっかりと準備をしなければいけないと思います。

—— 1年間かけて南アフリカ戦の準備をしてきた中で、スコットランド、サモア、アメリカ戦に向けては、どういう準備をしていたんですか?

エディーさんの中では、やはりワールドカップ初戦の入り方が重要だと考えて、南アフリカ戦に向けた準備をしてきたと思います。その中で、6月の合宿は4週間やったんですが、1週目は南アフリカを想定してトレーニングし、2週目は疲れた中でスコットランドと戦うための練習をして、ちょっとブレイクを挟んでサモアと試合をして、また疲れた中でアメリカと試合をするという想定をして、1週間刻みでトレーニングを行いました。だから、全チームに対しての準備は行っていましたが、特に南アフリカに対しては重点的にトレーニングを重ねていました。

—— 南アフリカに勝って、ホッとするということはありましたか?

ホッとはしなかったですね。日本代表はこれまでワールドカップで1勝しか挙げられていませんでしたし、24年間も勝利から離れていたので、「これで浮かれていたら過去と一緒だ」と思っていました。それにベスト8という目標を掲げていたので、「最低でもあと2勝、あわよくば全て勝つ」と思っていました。

—— 選手たちも全員がベスト8に進むことを信じていたんですか?

信じていたと言うよりも、本気で目指していたと言った方がピッタリくるかもしれないですね。夢ではなくて、目標でした。南アフリカに勝ったことで、意識としてはアドバンテージが出来たという感覚がありました。そして、中3日でのスコットランド戦では、3日間という準備期間が短すぎて、ああいう結果になったと思います。もちろん中3日で試合をすることを想定して準備をしてきましたが、実際にワールドカップの舞台で中3日というのは短すぎましたね。

—— 南アフリカ戦のダメージがかなりあったということですか?

客観的に見たら、そう言わざるを得ないかもしれないですね。スコットランド戦では、前半は良い試合ができ、後半20分くらいまでは頑張れたんですが、そこから失速してしまったので、最後の20分間が頑張れなかったのは疲れが影響していたのかなと思います。

—— スコットランド戦では負けてしまいましたが、サモア戦とアメリカ戦では、また素晴らしい試合運びが出来ましたね

6月から準備してきたことが出せたと思います。

◆練習と比べたら試合は楽

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—— 南アフリカに勝った時と、サモアやアメリカに勝った時の精神状態に違いはありましたか?

南アフリカにはチャレンジャーとして臨みました。初戦に勝ったことで、チャレンジャーとして望むことには変わりなかったんですが、「これまで準備してきたことを出せれば勝てる」という心のアドバンテージが持てていたと思います。どの試合も物凄く集中出来ていたと思います。

—— 物凄く集中出来た要因は何だと思いますか?

それまでの期間で物凄くキツいことをしてきましたし、練習と比べたら試合は楽でしたよ。練習中ではしんどい中で判断して体を動かさなければいけないんですが、試合ではしんどくないから判断が出来て体が動くという感じでした。

—— 実際に映像などで南アフリカ戦を見直して、自分自身の判断は合っていたと思いますか?

ワールドカップの試合はあまり見ていないんですよ(笑)。過去は振り返らなくてもいいかなと思って。ただ、南アフリカとニュージーランドの試合は、フーリー(デュプレア)とスカルク(バーガー)に頑張って欲しかったので、テレビ放送をライブで見ました。南アフリカは惜しかったんですが、やっぱりトライを取れないと勝てないですよね。

—— 今回のワールドカップで得たものは何ですか?

準備の大切さと、試合だけが試合じゃないということですね。試合の前からもう試合は始まっているんですよ。これまでもそのことは分かっていましたが、より一層理解出来たと思います。

—— スタメンで出られなかった悔しさはあるんですか?

悔しさはありますが、それが僕に与えられた仕事だったので、その仕事を全うしただけと思っています。

—— スタメンで出ていた田中史朗選手から学ぶべきところはどこだと思っていますか?

試合の中で言えば、コントロールが上手だと思います。フォワードの使い方やエリアの取り方、ちゃんとオーガナイズされた状態でボールを出すことが出来るので、みんなが焦らずにプレー出来ると思います。あとは、フミさん(田中史朗)は試合をコントロールするために、色々な試合を見て勉強していたと思います。

—— これから色々な試合を見ていこうという意識はあるんですか?

僕の場合は、対戦相手の情報を頭の中に入れ過ぎると、そうならなかった時に焦ってしまうので、頭に入れるのはミーティングで得る相手の情報くらいにしておくようにしています。

—— 試合開始後はどのくらいでその日の状態を把握するんですか?

先発で出ていても出ていなくても、試合開始20分くらいで審判の感覚も含めて、相手の感覚は分かります。レフェリングが試合のキーになるので、どういうポイントでペナルティーを取るのか、取ってくれるのかとか、相手ディフェンスが詰めてくるのか流してくるのかとか、あとは相手のアタックがどう攻めてくるのかというところを見るようにしています。

—— ワールドカップでの4試合では全て違うレフェリーでしたが、やはりそれぞれ違いはありましたか?

違いますね。ざっくり言うと、ヨーロッパのレフェリーと南半球のレフェリーでは全然違って、ヨーロッパのレフェリーはブレイクダウンでファイトさせるんです。南半球では展開が速いラグビーをやっているので、南半球のレフェリーはブレイクダウンでアタック側に有利な笛を吹く傾向があります。どちらのレフェリーもブレイクダウン周りは凄くクリーンで、ワールドカップで笛を吹くレフェリーはレベルが高いと感じましたね。

◆サントリーらしい常にアタックするラグビー

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—— 日本ラグビーの歴史を変えるという意気込みで日本を発ち、日本に帰ってきて日本の歴史を変えたという実感はありますか?

もう終わったことなので、どうですかね(笑)。日本に帰って来た時に空港でたくさんの人に出迎えてもらえたこと、そして府中で行った報告会に集まった人と多さに驚きました。あと駅とかで声を掛けられるようになりました。嬉しい半面、どこで見られているか分からないなという思いがあります(笑)。

—— これだけ注目を集めている中、トップリーグが開幕しますね

サントリーらしい良いラグビーをしたいです。それぞれのチームに確立されたスタイルがあるので、色々なラグビーがあるということを知ってもらいたいですね。

—— 今回のワールドカップで初めてラグビーを見た人が多いと思いますが、そういう人にとってもサンゴリアスの試合を面白く見るためのポイントはどこですか?

あまりキックを蹴らずボールを継続させて、常にアタックするラグビーなので、そういうところは面白いと思います。キックが多い試合は我慢比べになるので、初めてラグビーを見る人にとっては、あまり面白さを感じないかもしれません。もちろんチャンスがあればサントリーも蹴りますが、蹴り合いになる試合はないと思います。

キックが多い試合では、相手の立ち位置やディフェンスラインを見てキックしていますし、キックした後にキャッチする人にプレッシャーをかける人がいるのかとか、それに対して上手くプレッシャーを与えないようにしているのかなど、そういうところは玄人にとっては面白いかもしれないですね。

—— ボールをキープしてアタックを継続するためには何が大切になるんですか?

ボールを持った人が少しでも前に出て、ゲインラインを突破していかなければいけないですね。そのために、出来るだけ1対1の状況を多く作れるようにしたいと思います。

◆何をするか分からない選手

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—— 今回のワールドカップを経験して、改めてどういうスクラムハーフになりたいと思いましたか?

やはり相手に嫌だなと思われるスクラムハーフになりたいですね。僕自身が嫌だなと思うスクラムハーフは、何をするか分からない選手で、空いているところを見逃さずに攻めてくる選手です。だから、フーリーはパススピードも速いですし、キックも上手くて、自分でもボールを持って走れるので、相手にすると嫌ですよ。

—— 日和佐選手が思う「相手から嫌だと思われる選手」には、今の時点ではどれくらいまでなれていると思いますか?

日本代表選手の中で、「日和佐が入ってきたら嫌だ」と言ってくれている選手が何人かいるので、世界基準で「嫌だな」と思われる人数を増やしていきたいと思います。そのためには自分の持ち味である速いラグビーをしっかりとやることと、キックを効果的に使っていきたいと思っています。現時点ではパスの回数とキックの回数を比較すると、極端にパスが多いですし、もっとランもしていかなければいけないと思います。

あと、パスの緩急をもっとつけたいですね。単純にパススピードを上げることはまだ出来ると思いますが、限界があると思います。だから、パスをより速く見せられるようにしていきたいですね。そのためには、判断の速さも更に必要になりますし、自分が判断したことを自信を持ってやらなければいけないと思います。迷ってしまったらミスをしてしますので、例え自分の判断が間違えていたとしても、判断したのであれば自信を持ってプレーしなければいけないと思います。

—— 今後のビジョンは?

世界で通用するプレーヤーになりたいですね。チャンスがあれば海外に出たいとも考えています。日本代表としては、まだワールドカップが終わったばかりで具体的には考えられないですが、選手であるうちは日本代表に選ばれたいと思っています。

◆スタイルへのこだわりと勝つことへのこだわり

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—— ワールドカップでの経験をサンゴリアスや今後の代表ではどう活かしますか?

締めるところは締めて、緩めるところは緩めていければと思います。グラウンドにいる時は誰でも真剣だとは思うんですが、真剣の中の真剣さを持つというか、より突き詰めていかなければいけないと思います。

サントリーにはワールドカップに出たメンバーが7人戻ってきていて、そこにあと2人が戻って9人になるので、これまでのサントリーのチーム状況を見てないので何とも言えませんが、僕らが伝えられることはあると思います。

サンゴリアスのキャプテンはカベちゃん(真壁伸弥)で、練習中からしんどい時に一歩前に出て体を張れるキャプテンなので、プレーでチームを鼓舞してくれると思います。そこで足りないことがあれば、バイスキャプテンの大志(村田)や他のシニアメンバーがサポートしてければと良いと思います。

—— 今シーズンのトップリーグに向けて考えていることは何ですか?

今シーズンは短期決戦で1つも負けられない試合になると思います。サントリーとしてスタイルにこだわるところと勝ちにこだわるところを考えてやっていきたいと思います。スタイルにこだわり過ぎて負けていては意味が無いと思いますし、スタイルを崩して勝ちだけにこだわるのかと言えば、サントリーはそういうチームでは無いと思っています。スタイルへのこだわりと、勝つことへのこだわりを出していければと思います。

あと、チームに残っていたアッシー(芦田一顕)と流の調子が凄く良いと聞いていますし、チーム内での競争が激しくなっていると思うので、まずはしっかりと9番のジャージを着て、試合に出ることを第一目標に置いて取り組んでいきます。

—— 先発で出場する時に心掛けることは何ですか?

ゲームを作ることが大切だと思いますし、その中で自分の強みも出していきたいので、その2つを両立させたいですね。全てにおいて僕のスタイルでプレーしてしまうと、身体的に不可能になって、他の選手が動けなくなってしまうと思います。だから、コントロールしていきながら、自分のスタイルを出していきたいと思います。

—— 今シーズンの目標は?

個人としてはベストフィフティーンに入ることと、チームとしては2冠を取ることです。

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(インタビュー&構成:針谷和昌/編集:五十嵐祐太郎)
[写真:長尾亜紀]

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