メインコンテンツへ

ヒストリー

ヒストリー
  1. サントリー サンバーズ > 
  2. ヒストリー

サントリーバレーボールチームの結成から30年の軌跡を当時の写真とともに振り返ります。

1974年〜1979年

1972年ミュンヘンオリンピックで日本男子バレーが優勝をした翌年の1973年4月、サントリー男子バレーボール部結成。ミュンヘンオリンピック優勝の立役者、大古誠司も入部。

1974年、実業団優勝大会に勝利。入替戦で神戸製鋼を破り、実業団リーグ入りを果たす。第6回実業団リーグ準優勝。入替戦を得点率の僅差で突破し、第9回日本リーグの出場権をチーム結成以来僅か2年のスピードで掴んだ。初参戦のリーグでは4位を記録するが、翌1976年の第 10回日本リーグでは1勝9敗と最下位に落ち、実業団リーグ降格となる。
1979年の都市対抗では、決勝で日本鋼管をフルセットの末下し、結成以来初の全国優勝を果たした。

詳しくはこちら

1980年〜1989年

再び日本リーグに返り咲いたのは1979/1980年の第13回リーグ。第13回からは日本リーグに定着するものの、ベスト3の壁を突き破れないでいた。1984年の第18回日本リーグで準優勝。翌1985年の全日本選手権では2度目の優勝を飾った。

詳しくはこちら

1990年〜1999年

1990年の第24回日本リーグでは6年ぶり2度目の準優勝。翌1991年には全日本選手権において3度目の優勝。第26回日本リーグでは、主力選手の故障、不調がたたって7位、入替戦に回ったが、執念でこれを突破。第27回日本リーグでは4位に浮上した。

記念すべき1995年第1回Vリーグは、渡辺輝明監督の下に宿願の優勝を果たし、その年の全日本選手権においても4度目の優勝を飾った。
以降、3年連続の4位を記録し、第5回Vリーグでは3位に浮上。

詳しくはこちら

2000年〜2007年

1999/2000年の第6回Vリーグにて桑田監督の下、主砲・ジルソンを中心に5年ぶり2度目の優勝を果たし、その年の全日本選手権において5度目の優勝。同年より始まった第1回Vカップにおいても優勝を果たし、見事3冠を達成する。

第7回Vリーグでは、ベテランと若手の活躍で創部以来初の連覇を達成
第8回Vリーグ、鳥羽新監督の下、キャプテン・清水を軸に決勝戦では大接戦の末優勝。3連覇を達成した。
第9回Vリーグでは予選ラウンド最終週まで縺れ込む大接戦をものにし、滑り込みで4強入り。決勝戦にて、初戦をストレートで勝ち、優勝戦では怒涛の攻撃の末、4連覇を達成
第10回Vリーグ、予選ラウンド最終日まで4強が確定しない大混戦の中、奇跡的に4強入り。決勝にて『フル・エクステンション』『ブランド・エクステンション』を合言葉に気迫の篭ったプレーを展開。最終戦、同シーズンベストマッチで日本リーグ時代の富士フィルムと並ぶVリーグ前人未踏の5連覇を遂に達成した。しかし、新体制で挑んだ第11回Vリーグ。予選ラウンド序盤の連敗が響き、5位で終了。
2005年度第12回Vリーグでは、その雪辱を晒すべく、『CONTRA−ATAQUE〜逆襲〜』のもとに見事予選リーグを1位で通過。セミファイナルをストレートで勝利し、2年ぶりにファイナルまで駒を進める。しかし、ファイナルでは、堺ブレイザーズと死闘を繰り広げるも、一歩及ばず準優勝となる。

2006/07 V・プレミアリーグ(2006年度より名称変更)においては、選手それぞれの個性と創造性を大切にチームを作り上げ、レギュラーラウンドを23勝5敗の圧倒的な強さで通過、その後のファイナルラウンドも全勝し、3年ぶり、7度目の優勝に返り咲いた。

詳しくはこちら